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伊丹市文化財保存協会創立40周年記念行事
日 時:平成18年11月18日(土)
場 所:みやのまえ文化の郷「日本庭園」「旧岡田家住宅 酒蔵」

次第
(1) 近衛家会所石灯籠復元設置 お披露目式
時間:午前9時30分〜
場所:みやのまえ文化の郷「日本庭園」
1.経過報告
2.テープ・カット
3.感謝状贈呈

(2) 記念式典
時間:午前10時00分〜
場所:みやのまえ文化の郷「旧岡田家住宅 酒蔵」
1.挨拶 伊丹市文化財保存協会長
2.祝辞 伊丹市長
3.来賓紹介
4.40年の歩み

(3) 記念講演会
時間:記念式典に引続き 場所:みやのまえ文化の郷「旧岡田家住宅 酒蔵」
演題「伊丹郷と町会所」 講師 石川 道子氏 神戸大学文学部地域連携センター 研究員

創立40周年によせて
伊丹市長 藤原 保幸

 伊丹市文化財保存協会創立40周年、誠におめでとうございます。
 貴協会は、昭和38年2月7日に発足いたしました「伊丹廃寺保存会」を母体とされ、これを発展的に改組、昭和40年11月18日に設立され、爾来40年の長きに亘り年輪を刻んでこられました。
 これも偏に、村上会長並びに歴代会長をはじめ役員、会員の皆様のご尽力の賜物と深甚なる敬意を表する次第です。
 伊丹廃寺は昭和33年、畑の耕作中に水煙と基壇の一部が発見されたことから、昭和40年まで7年間にわたり発掘調査が実施されて、その全容が明らかとなり、法隆寺と同じ伽藍配置をもつ特徴的な古代寺院跡として重要であるとのことから昭和41年3月、「伊丹廃寺跡」として本市で初めて国の史跡に指定されました。このことが伊丹市民の郷土の文化財に対する深い関心とロマンを駆り立て、貴協会誕生の契機となったところであります。
 貴協会では、この「伊丹廃寺跡」に関する取り組み以後、伊丹市内に所在する文化財の保護ならびにこれに関する史実の研究とその知識の普及をはかられ、市民文化の向上に資することを目的として今日まで様々な事業を展開してこられました。「市内の史跡案内マップ」「伊丹の歴史を訪ねて」「文化財愛護カルタ」「ふるさとの心をたずねて」「伊丹の文化財スケッチ集」「文学碑を訪ねて」そして会報「林海」等の出版事業、旧西国街道猪名川渡し場の「芭蕉翁あゆみの碑」をはじめ、市内60基もの「文学碑」や「文化財愛護標柱」の設置等顕彰事業、「古事記」「万葉を読む」「古代民俗学」等の講義・講座事業、そして市内「文化財愛護少年団」の育成等々、まことに多岐にわたる事業であります。
 文化財には、史跡、有形文化財、無形文化財、民俗文化財そして記念物など様々な種別がありますが、伊丹市内にも国指定文化財が9件、県指定文化財が13件、そして市指定文化財が32件の計54件の文化財があります。これらは長い年月に亘り先人たちの多大の努力によって大切に守り、育てられながら今日に伝承されてきた大切な歴史的遺産です。
 しかし、平成7年1月、折りしも当協会の創立30周年の年に発生した「阪神・淡路大震災」においてその多くが倒壊、損傷の被害を受けましたが、その際も貴協会をはじめ、多くの市民の皆様のご支援、ご協力のもとに復旧されたところでございます。
 皆様には、今後とも文化財の保護・顕彰等に、より一層のご支援、ご協力を賜りますようお願い申し上げます。
 最後になりましたが、伊丹市文化財保存協会の今後益々のご発展と会員皆様のご健勝ご活躍を祈念いたしましてお祝いのことばといたします。

40周年記念に想う
伊丹市文化財保存協会
会長 村上 敏展

 伊丹市文化財保存協会は、その前身である「伊丹廃寺保存会」設立以来、40周年を迎えました。昭和40年、協会設立当初より2代にわたり市長が会長に就任されるという阪神間、広く県内でも希有の協会として設立されました。以来伊丹市、協会役員・会員の皆様をはじめ、常に絶大なるご指導、ご支援を賜った関係諸機関等のご後援のもと文化財の愛護・伝承・啓発を協会活動の重点目標とし、未来への文化継承を担う文化財愛護少年団の育成・機関紙「絲海」発行・線海史学講座等々「歴史と文化遺産を今に生かした文化都市」づくりへの事業活動を推進して参りました。
 昭和60年、協会創立20周年記念事業としては古代より景勝地として王朝歌人の古歌に詠まれたゆかりの地に60基の文学碑を建立(平成5年完成)、市民の皆様はじめ阪神間は勿論、県外からも「文学碑めぐり」のバスが来伊するなど好評をいただきました。
 平成4年(久保武茂第6代会長)より、私は文化財保存協会事務局長として保存協会に入会、会長・役員のご指導のもと翌5年「新田中野村開発先駆者顕彰碑」建立・除幕式典が初仕事でした。
 平成6年、協会創立30周年記念事業(平成7年度事業)の企画に取組み、記念事業実行委員会を中心に6年中には記念事業計画(江戸時代の伊丹酒積み出し場を偲ぶ常夜灯(高さ4.403米)の設計図も完成、翌7年に実行に着手する寸前、突然の大震災発生。記念事業計画は中止。急遽、役員全員による市内全域の文化財・史跡を巡回、想像を絶する莫大な被害と復旧の困難さを改めて知るところとなりました。
 いち早く募金活動を始めた協会に多くの市民・会員から、続々と復興復元のための基金が寄せられたことは言うまでもなく、役員会全員一致の議決により、記念事業基金及び募金のすべてを文化財修復・被害復旧のための資金として市に寄付したのであります。年内の新規事業の自粛は当然でもあり、被災会員をはじめ、市外、県外への転出の方も多く、恒例の事業の実施も困難な情勢ではありましたが、最小限の事業は何とか開催できたものの募金中心の活動となり、協会創立記念事業も小規模ながら会の運営を支えて頂いた協会員感謝デーを企画「創立30周年記念懇親会」を開催したことと「会員名簿」の作成が唯一の新規事業でありました。
 思えば、今日まで事務局長・理事・副会長・会長代行として、13年間に亘り6・7・8代の3会長に仕え平成12年より9代目の会長として、陰に陽に協会役員・会員皆様のお世話になりながら、今年で6年目となり、協会事業に参画して以来、実に15年目になりました。
 平成9年2月、小西酒造株式会社小西新太郎社長様のご厚意と白雪長寿蔵ミュージアム館長廣田康夫様のご尽力で共催事業として「伊丹歴史探訪」講座を開催し、同18年1月まで実に100回の講座開催を達成、伊丹市民の皆様に伊丹にまつわる歴史、文化のみならず世情、政治、経済等広範囲に亘る啓発事業の機会が与えられたこと、同13年よりは伊丹市文化財保存協会の事務局が市庁舎教育委員会事務局から国指定重要文化財「旧岡田家住宅(店舗・酒蔵)」内に移り同建物の管理委託も受けることとなったこと、同15年には、岡田家築造330年記念企画イベント、同1年には「伊丹市制65周年記念イベント」等に其々共同参画したこと。同じく16年からは「市民まちづくり活動」にも積極的に参加し、毎年3月3日に伊丹郷町館旧岡田家住宅にて明治・大正・昭和の3代にわたる「七段お雛飾り」を展示公開する等々、で市内の多くの関係諸団体との事業協力パイプライができたことは大きな喜びであります。
 40周年記念事業としては、住居表示、町名改正等による地名呼称変更に伴う協会出版物「文学碑をたずねて」の改定、市内史跡・名勝地等の絵葉書「伊丹の文化財スケッチ集I・II」の出版、そして記念事業のメインとして明治に至るまで伊丹郷町の領主であった近衛家の会所(近衛殿)内庭にあった石灯籠を修復し「みやのまえ文化の郷」内に設置、披露式典並びに記念講演を企画いたしました。
 また、新規事業として市内文化財・史跡等のPR に協会ホームページを開設する計画等々も進めております。
 文化財保存協会の果たすべき役割をしっかりと把握し、協会の伝統的事業を大切にしながら、さらに移り変わる時代に適合した協会像を模索、具現し「夢と魅力のあるまちづくり」に役員一同ノウハウを結集し協会事業を推進していく所存です。
 今後とも変わらぬご指導ご鞭撞を賜りますよう衷心よりお願い申し上げます。

伊丹市文化財保存協会の足跡
(1963)
昭和38年2月7日 伊丹廃寺保存会として発足
(1965)
昭和40年11月18日 上記保存会を発展的改組し伊丹市文化財保存協会設立
          初代会長 伏見正慶市長就任
昭和41年3月22日 伊丹廃寺が国指定史跡に御願塚古墳が県指定史跡に指定さる
昭和41年5月5日 文化財愛護少年団(寺本公団)結成 国内8番目
昭和41年10月1日 市内史跡カラースライド制作
昭和42年3月31日 市内の史跡案内マップ発行
昭和42年9月1日 県指定史跡「御願塚古墳解説書」発行
昭和43年3月20日 「伊丹の歴史をたずねて」を発行
昭和43年5月1日 昆陽寺山門を市有形文化財に指定する
昭和43年11月10日 文化財愛護少年団 県より『ゆずり菓賞』受賞
昭和43年12月15日 協会特別会員制度(法人)を設ける。25社加入
昭和44年2月27日 “文化財は市民の宝”なの標柱を建設
昭和44年3月25日 昆陽寺の山門・観音堂が県文化財に指定さる
昭和44年7月23日 「麦わら音頭」市無形文化財に指定する
昭和44年12月25日 「文化財愛護カルタ」を編集、発行
昭和45年4月29日 御願塚古墳史跡公園整備事業落成
昭和45年10月20日 文化財愛護標柱を市内4箇所に建設
昭和46年1月19日 『守ろう伊丹の文化財』を制作
昭和46年3月30日 「ふるさとの心をたずねて」発刊
昭和46年4月1日 伊丹廃寺史跡公園を一般公開する
昭和46年12月9日 伊丹廃寺跡に解説板設置
昭和47年5月2日 協会創立10周年 感謝状授与(役員15名)
昭和47年3月18日 須佐男神社本殿 市文化財に指定する
昭和47年7月25日 旧西国街道の猪名川渡し場に「芭蕉碑」を建設
昭和48年1月9日 協会会報「絲海」第1号発刊
昭和48年9月24日 「伊丹坂」の碑 除幕式
昭和48年10月22日 御願塚古墳顕彰碑除幕式
昭和50年3月18日 鴻池神社一棟 県指定文化財となる
昭和50年3月31日 「伊丹の民謡とわらべうた」(上発行)
昭和50年4月5日 有岡城跡発掘調査始まる
(1975)
昭和50年11月12日 阿部備中守墓地・浄源寺・須佐男神社顕彰碑建立
昭和51年9月1日 「伊丹の年中行事」発刊
昭和51年9月27日 「伊丹の文化財スケッチ展」(第1回)開催
昭和52年3月2日 「伊丹の文化財スケッチ展」(第2回)開催
昭和52年5月16日 「伊丹の文化財スケッチ集」発刊
昭和53年3月31日 「伊丹の伝統」「伊丹の酒造り道具」発刊
昭和52年4月25日 2代目会長 矢埜與一伊丹市長就任
昭和54年4月28日 阪急伊丹駅に文化財案内板設置
昭和54年6月25日 「伊丹の文化財めぐり地図」発刊
昭和54年11月12日 鵯塚にて有岡城落城四百年祭執行
昭和54年12月28日 有岡城跡が国指定史跡となる
昭和55年3月31日 3代目会長 楠九兵衛氏就任(以後、市長から協会役員が会長に)
昭和56年1月21日 「荒木 村重反乱」写真展開催
昭和58年1月1日 協会会報「絲海」第2号発行
昭和59年6月30日 4代目会長 荒森三吉氏就任
昭和59年9月28日 絲海史学文学講座 開講(古事記)・「文学の散歩みち」作成
(1986)
昭和61年5月21日 協会創立20周年記念式典・文学碑60基建立除幕式
昭和61年8月26日 文学碑写真パネル展示会
昭和63年5月19日 5代目会長 白井忠二氏就任
平成元年2月16日 「和泉式部の墓」案内板設置
平成元年4月2日 昆陽寺山門の保存修理工事落成式
平成元年10月1日 市内文学碑解説書「文学碑をたずねて」発刊
平成2年4月23日 「三野小学校の跡」の碑 除幕式
平成2年5月21日 6代目会長 久保武茂氏就任
平成4年7月16日 伊丹市文化財愛護少年団結成
平成5年6月6日 浅野 孫左衛門顕彰碑 除幕式
平成6年6月21日 協会創立30周年記念事業実行委員会設置
平成7年1月17日 阪神・淡路大震災発生、市内文化財甚大なる被害あり
(1995)
平成7年6月1日 協会会報「絲海」創立30周年記念号発行
       (創立30周年記念事業旧湊町への「常夜燈」の建設を中止)
平成7年8月1日  被災文化財修復のため募金活動を推進(募金額約700万円)
平成8年5月23日 7代目会長 山本正一氏就任
平成8年10月26日 西国街道顕彰碑建立(市内10基)
平成9年11月24日 震災で被災、修復完了を期に一般公開事業を実施(発音寺 大黒天立像)
平成10年5月16日 8代目会長 松野文夫氏就任
平成10年6月16日 講演会「荒木村重研究〜伊丹からの発信〜」(講師 石川道子氏)
平成11年10月28日 伊丹郷町マップ創刊(2万部作成)
平成11年11月3日 有岡城跡国指定史跡20周年記念事業を実施(講演会、シンポジュウムほか)
平成12年5月19日 9代目会長 村上敏展氏就任
平成15年4月1日 「伊丹市文化財保存協会設立40周年記念事業基金の設置および管理に関する要綱」の設置
平成16年3月2日 「ひなまつり@伊丹郷町館」の開始(開催期間:1週間)
(2005)
平成17年3月31日 改定版「文学碑をたずねて」発刊(協会創立40周年記念事業の一環)
平成18年3月31日 「伊丹の文化財 スケッチ集( I )・( II )」発刊(協会創立40周年記念事業の一環)
平成18年6月1日 伊丹市より平成18年度「つつじ賞」を受賞
平成18年11月18日 伊丹郷町旧領主・近衛家の会所に設置されていた石燈籠をみやのまえ文化の郷内日本庭園に復元・設置(協会創立40周年記念事業の一環)
平成18年11月18日 協会創立40周年記念式典および記念講演会の実施
平成18年12月 予定 「伊丹の文化財 スケッチ集( I )・( II )」原画展の実施(協会創立40周年記念事業の一環)
平成18年度 事業 「文学碑」めぐりの実施
平成18年度 事業 ホームページの開設のための研究
平成18年度 事業 有岡城(伊丹城)、清酒発祥等に係わるわるリーフレットの作成編集
(その他 年間の継続事業)・伊丹市文化財愛護少年団への活動助成及び指導育成(研修会、カルタ大会、七夕祭り、史跡訪問他)
             ・「万葉を読む」講座の実施、「古代民俗講座」の実施
             ・会報「線海Jにおける各界からの研究発表
             ・史跡めぐりバスツアーの実施
             ・文化財保護強調月間に伴う史跡清掃の実施
             ・役員研修会
             ・文化財関連刊行物の発刊と販売
             ・旧岡田家住宅並びに旧石橋家住宅の管理
             ・その他文化財保護・啓発に資する事業を実施

伊丹市文化財保存協会創立40周年記念事業の紹介
<出版事業>

(1) 改訂版「文学碑をたずねて」の刊行
 伊丹市では、昭和57年には“歴史を今に生かす市民文化都市”のテーマで、新しい町づくりが提唱され、その一環として伊丹に残された詩歌や文章を石に刻み、文学碑としてゆかりの地に設置することが決定しました。
 この事業を伊丹市文化財保存協会が担当することとなり、市の助成や多くの市民の賛同を得て多額の寄付を受ける等して市内に60基の文学碑を設置してまいりました。これら市内文学碑の解説書として「文学碑を訪ねて」を平成元年10月1日に初版発行、しかし、設置場所の地名変更並びに道路整備の関係で未設置であった文学碑の設置が完了したのを機に、併せて協会創立40周年記念事業の一環として、改訂版を刊行いたしました。なお、句碑解説の文章については初版の通りとし、内容を一部整備いたしました。

(2) 新版 「伊丹の文化財−スケッチ集( I )・( II )」の刊行
 伊丹に残る文化財はすでに30年前にスケッチ集にして出版しておりますが、時代の趨勢とともに周囲の景観も変化していることに鑑み、協会創立40周年を機に、本協会会員で水彩画のスケッチを良くされる渋田純子氏に伊丹の文化財と題したスケッチ集の作成を依頼いたしました。
 スケッチ集( I )として、御願塚古墳、伝和泉式部の墓、有岡城跡、旧岡田家住宅、猪名野神社内鬼貫句碑、伊丹廃寺跡、旧西国街道、そして鴻池稲荷祠碑の8ケ所が、さらにスケッチ集( II )として、辻の碑、臂岡天満宮、伊丹郷町の酒蔵、昆陽寺山門、旧大阪道、城郭風の駅舎、猪名野神社そして、昆陽池公園の8ケ所、計16ケ所のスケッチをお願し、新たに刊行いたしました。

<建設事業>
(1) 「近衛家会所石灯龍を復元設置」
 江戸時代、酒造りで栄えた伊丹の大半は、寛文元年(1661)から明治維新まで摂関家筆頭の近衛家の領地となっていました。
 町の中心部は「仲之町(現中央三丁目地先)」には会所がおかれ、近衛家が町の酒造家のなかから任命した惣宿老らが町全体に関する政務すなわち訴訟・財政などの公用を近衛家の指示をうけながら担当しました。
 当時、大阪・堺の町と同じように町民中心の自治制度で、当会所はいわば伊丹の自治発祥の地といっても過言ではありません。
 この石灯籠は、会所の庭園に設置されていたものです。
 会所は、昭和29年1月、市庁舎火災の際、類焼してしまいました。その遺品の瓦・長押飾り・水桶等は旧伊丹市図書館「郷土資料室」に展示され、当石灯龍は、鯉石・手洗い鉢とともに旧伊丹立図書館裏庭にあった近衛家記念庭園に移されました。
 その後、旧伊丹市図書館が閉館された際、当石灯籠は解体され他の石造品とともに市立博物館の裏庭に運ばれ、今日に至っておりました。
 当協会では、創立40周年を機に、伊丹の文化財の保護、顕彰をする記念モニュメントの建設等をするために設けた創立40周年事業基金、市の助成、市民の浄財等をもって当該石灯籠を“みやのまち文化の郷”内の日本庭園に復元設置いたしました。

「絲海(いとうみ)」
 昭和48.1.1「絲海」創刊号には「伊丹の古い書物を見ると伊丹という文字が出る前、伊丹のことを糸海と書かれている。これは昔、伊丹は海岸にあってそれから糸のような入海のつまったところに伊丹の村があったことから伝う」と記述されていた。
 しかし、史実としては「伊丹」の方が「絲海」より古く、「絲海」は江戸時代の文人が、イタミを風雅に呼んだ名である。